HISTORY
会社沿革
1963年、スウェーデンとの技術提携から始まった東洋水産機械の歩み。工船用の大型機から陸上用の小型機まで、数々の「日本初」「世界初」を生み出し、いまも新しい機械の開発を続けています。
2020年代
- 2025
- 大阪・関西万博2025に出展
- 2023
- 3Dプリンタを導入し、試作部品を社内で製作。
- 2022
- 3D測定器を導入し、部品を立体で計測・検査。
2010年代
- 2012
- 塚越智頼が社長に就任。
2000年代
- 2009
- 全自動サバドレス処理機の開発に着手。
- 2008
- 新型ホッケ処理機を販売開始。
- 2007
- (独)水産総合研究センターのサンマのプロジェクトに参加し、全自動処理機の開発に着手。
- 2006
- 森田晃治が社長に就任。松林兼雄前社長は会長に就任。カタクチイワシ処理機を(独)水産総合研究センターと共同開発に着手。
- 2005
- 船上用くじら処理機(皮スキ、赤肉スライサー)を開発。
- 2001
- 小型魚処理機167NM型をリニューアルした167F型を販売開始。
- 2000
- バンドナイフ式フィレマシンPS-120型を販売開始。鰹節用カツオ処理機を販売開始。
1990年代
- 1998
- 3D-CAD(SolidWorks 98)を導入し、立体での設計を開始。
- 1997
- スケソウダラ用Vカット式採卵機付ヘッドカッターの開発に着手。
- 1996
- 鰹節用カツオ処理機械の開発に着手。
- 1995
- イカ足分断機の開発に着手。アジ自動ゼイゴ取り機械を販売開始。
- 1994
- サバ処理機764型を販売開始。
- 1993
- 小型魚処理機167MN型を販売開始。ハマチ処理機、鮭・トラウト処理機の開発に着手。北米のパーツ総代理店としてシアトルにパシフィックフードシステム社を設立。
- 1992
- カレイすり身ラインの開発に着手。
- 1992
- 2D-CADを導入し、図面をデジタル化。
- 1991
- 同社を北米におけるパーツの総代理店とし、シアトルにパーツセンターを設置。
- 1990
- ノーフィッシュマリーンサービス社を北米における機械およびパーツの販売代理店とする。
1980年代
- 1989
- 旧第2工場を増築し本社新社屋が完成、本社を移転。ニシン・タラ類の自動採卵機の開発に着手。
- 1988
- タラ類の本格シングルフィレマシンの開発に着手。
- 1987
- スウェーデン・ノルデン社と代理店契約。
- 1986
- スケソウダラ採卵機を完成、販売。
- 1985
- 第2工場を堺市八田寺町に新設。
- 1984
- スケソウダラ採卵機の開発に着手。
- 1983
- 水産機械初のロボット開発に着手。
- 1982
- 工船用全自動処理機械の販売を開始。
- 1981
- 本社新社屋を堺市菱木に完成。
- 1980
- 世界初のうなぎ処理機TK-78型を販売開始。
1970年代
- 1979
- 大型魚(カツオ・ブリ)魚体処理機を完成、販売。
- 1978
- 法人設立。松林兼雄が社長に就任。
- 1975
- 缶詰用イワシ自動処理機を完成。陸上用小型魚体処理機167型を販売開始。
- 1973
- 日本初の缶詰用サバ自動処理機を完成。スリ身工船用魚体整列供給機の試作を開始。
- 1972
- 陸上水産加工業者向け魚体処理機に着手。
- 1971
- 世界初の707型(ヘッドカッター・身卸し機連動型)を完成。
1960年代
- 1969
- 日本水産㈱・大洋漁業㈱のトロール船に採用。本格販売を開始。
- 1966
- 本格的な工船用魚体処理機の開発のため、南アフリカ・ケープタウンに滞在し研究開発に取り組む。
- 1963
- 創業者 松林兼雄により、当時の水産機械先進国スウェーデンのコンサーブマスキーナ社(後のアレンコ社)と技術提携し、日本で初めて魚体処理機の製造を開始。
こんな加工、機械でできるだろうか。
掲載していない機種、特注品やカスタマイズも承ります。魚種・サイズ・処理方法をお知らせいただければ、最適な方法をご提案します。
